お題.85

次元さんモブレされる→ル激怒→ル次に落ち着く






世の中には変態というものがいくらでもいる。
表の世界ならば、皆それを前面に出すようなことはしない。
自分が異常者だという自覚があり、また周囲への信頼を失わないために。
しかし裏の世界は逆だ。
どれだけ変態的な趣味であっても、あまり隠すようなことはしない。
むしろそういう趣味があった方が、周囲の悪が一歩退いてくれる。
俺にはそういう趣味はないし、そんな奇怪な防衛陣を張る気もなかった。
だから、その犠牲にされるのは、もちろん酷く嫌だった。
だが、そういうものが、俺へ火の粉を降りかけることもある。
生娘でもない俺は、多少火傷をしようと、あまり騒ぐこともなかった。
騒ぐ方が、みっともないように思えた。

死体みたいだな。落ちたのか?
そう言って、見知らぬ男が俺を覗き込んでいた。
こんな下手くそなセックスで誰が落ちるか、と俺は呆れていた。
見知らぬ男は、おそらく商売敵の男だった。
突然拉致され、なんの説明もないまま裸に剥かれた。
そういう変態趣味の男だったらしい。
不運だとは思ったが、俺は騒ぐこともなく天井を見続けていた。
腹のナカは気持ち悪い上に、モノが小さくて奥にも届かない。
悪夢みたいなそれを、俺は声の一つも上げず、ぼんやりと感じているだけだった。
ルパンは俺を探しているだろうかと、腰を振っている男の存在を無視して考える。
買い出しに行く最中に消えたから、不審に思ってくれているといい。
だが、待つのは得策でないように思えた。
この手足の拘束が解かれたら、即座に反撃して、奴が何も気付いていなければ、何事もなかったように戻ろう。
野良犬に噛まれたぐらい、俺にとっては何のダメージでもない。
目の前の男が体勢を変えようと、脚の拘束を解いた。
その瞬間に俺は膝で奴の腹を蹴り上げ、腿に首を挟んで締め上げた。
不意を突かれた男はもがいて俺の腿に爪を立てたが、酸欠がそれを追い越していく。
しばらくしてフッと力がなくなり、男がベッドから落ちた。
男が起き上がることは二度とないだろう。
天井を見上げながら、手下達が来る前に逃げようと手首の拘束を強引に引き千切った。

アジトに帰ると、奴は呑気に酒を飲んでいた。
「おかえり〜〜。買い出しにしちゃあ随分長かったな」
「変な奴に追いかけ回されてたんだ。ありゃあお前の客だったぜ」
「悪いね、いつも相手すんの代わってもらっちまってよ」
俺はいつもの会話にほっとして、シャワーを浴びるために脱衣所に向かった。
洗面台の鏡には、痩せた身体が見えた。
抵抗をさほどしなかったおかげで、目立った外傷はなかった。
ただ逃げるときに無理やり拘束を外したせいで、両手首には痣が見えた。
ワイシャツの袖ボタンを留めていれば見えないもので、しばらく隠せるだろうと考える。
シャワーを浴びている時、内腿に酷い引っ掻き傷がついているのに気付いた。
片足に4本ずつ、血が滲むほどの深い傷だった。
絞め殺すほど集中していたせいで、痛みに気が付かなかったらしい。
治るまでしばらくかかるだろうが、ここもいくらでも隠せる部位だ。
たとえルパンが求めてきたとしても、数回断るうちに治るだろう。
何ごともなく終わる。
それを思えば、ようやく気持ちが落ち着いた。

シャワーを浴びてリビングへ戻ると、ルパンは俺にも酒を勧めた。
丁度飲みたかった気分で、ワインということもありかぱかぱと杯を空けた。
「いい飲みっぷりだな」
奴も同じように酒を飲み干し、上機嫌になってくる。
しばらくすると、俺に抱きついてきた。
「暑苦しいぜ」
「そんなこと言っちゃって、本当は嬉しいんだろ?」
軽いキスまでしてきて、俺は思わず突き放した。
今はそういう気分じゃない、と。
「じゃあ挿れないからさ、ちょっとイチャイチャするくらいはいいだろ?」
懲りもせず伸ばされた手に手首を掴まれて、痛みで少し身体が跳ねた。
奴はそれに、目敏く気づいた。
「次元、袖捲れば? 暑いだろ」
「別に暑かない」
余計なお世話だと手を自分の方に引き寄せて逃げようとしたが、ルパンは離さなかった。
「嘘つけ、汗だくだくだぜ」
指摘の通り、俺は額に汗を滲ませていた。
酒で身体が温まったこともあり、普段なら胸元も開けるほど暑かった。
黙り込むと、奴は片腕の袖ボタンを外して、勝手に捲った。
くっきりとした青い痣に、擦り切れた皮膚が明らかになる。
酒なんて飲むんじゃなかったと後悔しても、遅かった。
「これ、どうした?」
「何でもねえよ、自分でやったんだ」
自分で傷つけたことは嘘じゃない。
そう思いながら離れようとした。
だがもう片方もボタンを外され、同じような傷があるのを晒された。
「お前、こんな趣味ないだろ」
灰色の瞳が俺を睨む。
声も低さを増して、不機嫌な態度が見て取れた。
「野良犬に噛まれたんだよ。何ともねえ」
これ以上の追求には耐えかねて、俺はソファーを立った。
そして自分の寝室に逃げ込み、鍵もかけた。
こんな鍵はルパンにとっては子どもの遊びのように簡単だが、俺の拒否の心を伝えたかった。
「おい、逃げんじゃねえよ、説明しろ」
ルパンは乗り込まず、ドアの向こう側で俺に怒った。
「誰にやられた。俺の客って言ってたけどよ、それだけじゃわかんねえよ」
俺様の客はリストに載ってねえ奴だっているんだと、ドアを叩く。
俺はそれを背中で抑えた。
「港をシマにしてる奴らだ。イタリアンマフィアかそこらだろ」
もう答えたのだから、解放してくれ。
そう祈りつつドアノブを回されないように抑える。
「もっと詳しく教えろよ、聞きたいことは山ほどある。次元、開けろ!」
ルパンはかなり怒っているようだった。
その証拠に、俺がドアを抑えていると知りながら音が立つほどドアを殴る。
なぜ、俺が怒られるんだ。
理不尽にさえ思うが、抗う気力も残っていなかった。
「明日にしてくれ、もう疲れてる」
心からそう思い、その色も声に出た。
背中の殺気は消えなかったが、ドアが殴られることはなくなった。
「開けてくれよ、次元」
俺の言葉が伝わったのか、少し落ち着いた声が向こう側から聞こえてくる。
開けたくない、という代わりに、俺は口を閉じた。
しばらくあちら側も無言だったが、立ち去る気配はない。
いつまでこうしているのかと思ったが、俺から話しかけるのは負けのような気がした。
「……俺はさ、恋人に頼られてもらえねえなんて情けない話があってたまるか、って言いたいんだよ」
ふと、消沈したような声がした。
恋人とは、一体誰のことだろうか。
「バカ、お前と恋人になった覚えなんかない」
「お前がそう思ってなくても、そうなんだよ」
するりと、ドアを撫でるような音が聞こえた。
奴が言いたいのは、俺は汚されたんだと、縋り付いて欲しかったということだろう。
そんなことができる性格なら、とっくにしている。
「俺が怒ってんのは、お前が一人で全部抱える癖だ。腹が立つぜ、本当によ」
俺がそんなに信用できないか、とドアノブを掴まれる感触を感じる。
手に力を込めて、俺は回されるのを拒否した。
「当たり前だ、俺をそこら辺の女子供と一緒にするな」
慰められたいなどと、思えるはずがない。
意味もなく、部屋にひとつだけついた窓を見る。
夜はまだ深かった。
「ルパン、疲れてるんだ。話は明日にしてくれ」
頼む、と真に願えば、ふと背中の気配が消えた。
俺はやっと解放されたのだと安心し、ドアから背中を離した。
そして寝巻きに着替えようと、シャツを脱いだ。
それから下を穿き替えようとしたとき、窓ががらりと音を立てて空いた。
そこにはルパンがいて、二階であるこの部屋に屋根を伝って入ってきた。
「あーあ、思った通りだ」
俺の腿にある傷を見て、眉をひそめた。
俺は唖然としたが、すぐ我に帰って下を穿いた。
「お前にはデリカシーってもんがないのかよ」
「こうでもしなきゃ話してくれないだろ」
明日になれば忘れたと言って逃げるつもりだったんだろうが、と話を続けながら部屋に土足で乗り込む。
俺に逃げ場はなかった。
ルパンはベッドに腰を下ろし、手当てをしてやるから俺に来いと言った。
棒立ちでいると、奴は二の腕を掴んで引き寄せた。
そして懐から出した消毒液を、内腿に吹き付けられて身体が跳ねた。
「相当痛かっただろ、肉が少し見えてるぜ」
清潔らしいハンカチで血を拭われ、大判の絆創膏を貼られていく。
手当ては迅速で、手首も消毒されて包帯を巻かれた。
「別に、大して痛くねえよ」
大騒ぎすることじゃない、と騒ぎ立てる奴に当て付けるように言った。
ルパンは俺の言葉に、また不機嫌な顔を見せた。
「人が心配してやってんのに」
しかし力は穏やかで、俺をベッドへ静かに寝かせた。
その隣に、靴を脱いで寄り添う。
「……気持ちだけでいい」
邪険にするのも心苦しく、それだけを答えて目を閉じた。
「なあ次元、お前が強いのは知ってるけどさ。一切頼らないっていうのはやめてくれよ。さっきも言ったけど、恋人に頼ってもらえないなんて話は酷いだろ」
毛布を引き寄せ、俺に掛けながら話す。
恋人じゃないと、俺もさっき答えたというのに。
奴は聞いてくれないらしかった。
「レイプされた、慰めてくれってか? ごめんだぜ」
俺のプライドがそう言っている。
伝えながら、俺は眠りに落ちようと目を閉じ、目蓋の裏を見た。
暗いが、神経が微かに反応して光のようなものが見える。
身体の片側には、ルパンの身体を感じた。
「ほんと、かわいくねーな。もうこうなったら勝手にやるからな」
そんなことを言いながら、緩く抱きしめて口の端に口付ける。
その感触は悪くなく、眠気を誘った。
「お前の強いところが好きだし、愛してるよ。でも、強過ぎるのはこっちも心配だ。お前も俺のことが好きなんだから、たまには素直に頼ってくれよ」
頭を軽く撫でられ、髪に口付けが落ちてくる。
守られているような、そんな感覚だった。
「強過ぎるお前を救ってやれるのも、慰めてやれるのも、気持ちよくしてやれるのも、俺様だけなんだから」
最後に身体を抱き直されて、痛みを思い出した腿に触れないように足先だけを緩く重ね合わされる。
密着しているが、苦しくない。
心地は、悪くなかった。
「傷が治ったら、セックスしような。気持ち良過ぎて泣かしちまうかもしれないけど」
少しだけおどけて、そんなことを言う。
それを俺は変態と笑い、暖かい腕の中で眠りに落ちた。

 

 

 

END